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悠久山公園石碑周辺広場整備工事

悠久山公園石碑周辺広場整備工事

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悠久山公園石碑周辺広場整備工事

悠久山公園には多くの偉人の碑が点在しています。
その人物の歴史背景をイメージしながら、整備図面を提案するところからの工事でした。

写真:「河井継之助」の碑 提案図・完成写真

公園内で、合計8か所の整備工事を行いました。
「戊辰槍隊戦没諸士碣銘碑」「戊辰刀隊戦没諸士碣銘碑」「山本帯刀」「悠久山神詞」
「小林虎三郎(病翁)」「鵜殿団次郎(春風)」「星野嘉保子」

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石階段上の正面に石碑が見える為、真っすぐに板石を並べ、河井継之助の真っすぐな思いを表現した。その真っすぐな板石を、右に添えて植えてある2本の松の根元から石碑を包み込むように向かって龍のごとく昇るようにタマリュウを植栽する。(地を中央高にして植えることで龍に膨らみをつける)
河井継之助は後年、号を「蒼龍窟」としている。
「蒼」タマリュウの実は深い蒼色。実は弾み、弾み玉と呼ばれる。→ガトリング砲
「龍」タマリュウの花言葉は「変わらね思い・不変の心・深い思いやり」→まさに継之助
石碑の前にはサツキツツジ(赤花)を植栽し、4月~5月に綺麗な花を咲かせる。
慶応4年、戊辰戦争は5月(サツキ)に本格的に戦いに入り、ついに5月19日、長岡城は落城してしまう。
くしくも5月19日の花は「サツキツツジ」である。多くの戦いによって流れた血や継之助の想い、その後の長岡復興への熱い思い赤花で表現したい。